昭和42年12月23日 朝の御理解
まあいろいろと信心のお引き立てを頂いておる時がいくらもある中に、あらえという所に真名子さんと言う方がおられた。
昨日福岡の亡くなられました先代の吉木先生ですが、お説教を頂く度によくその方の事のお話をお説教の中に出てくる。特信の方である。私は初めてお目にかかったのが、もう真名子さんが60歳ぐらいの時であったと思います。福岡の御大祭の前々日だったでしょうか、大掃除があったわけです。ちょうど私その時お参りし合わせましたら、吉木先生が、大坪さん、御神殿、内殿の方のおかげを頂かせてもらいなさいと、もうここでではないですけれども、まあ特定の人でしたね。本当に敬神の念の篤い人といったような人が選ばれて、まあお掃除をいつもするわけでございますが、福岡当たりは特にああいう大きな大きい教会でございますから、まあ私も、正式な信者でもない私がそれをすると勿体無い、しかもこう、親先生が仰るもんですから、させて頂こうと。まあそこはいつも、真名子さんがお掃除をなさるらしい。( ? )ですかね、私はこっちから( ? )向こうのほうから( ?おばさんがお掃除をなさっておる。二人でお掃除をして、だんだんこうやってお掃除をしてまいりますと、両方からこうやってやり合うんですよね。そして、あなたは、ちょいちょい御広前でお目にかかるんですけれどもどちらからお参りですかと言われて、私は善導寺の三井教会の信者ですけれども、今こちらに居りますからこちらにお引き寄せを頂いておりますと。そしたらもう、そうですかって言うわけです。あなたがあの三井教会の大坪さんですかと。私が大坪です。もう吉木先生からいつもあなたの話を聞いておりますと言わっしゃる。吉木先生は善導寺の方へみえて、もう朝の時分はもう絶対吉木先生の御説教を頂いておりましたかね、月に、年に四回の御大祭にはもう必ずお話をなさいました。中にそれこそ真名子さんという方が出ておる。( ? )お話をなさる時には、私の話が、三井教会でこういう信者がおるという事を話しておられたらしいのですね。はあ、あなたが三井教会の大坪さんですか。初めて、しかも神様の前で内殿のお掃除をさせて頂きながら、私は(荒江の?)真名子 でございます。はあ、あなたが大坪さんですか、というそれが真名子さんとの出会いでございました。
年こそ違えば同じ道に一生懸命にならせて頂いて、もう年でもなからなければ性別でもない。もう本当にお互いにその信心の何かそういうもの、触れ合うものを感じたんです。もうそれこそお掃除をしていってから、こう近づくと話をする。また離れてはまた、大きな声で( ? )。そしてとにかく、とにかくいっぺん私の家に来てください。もう今夜にでも来て下さいという事でございました。私もお話を頂きたいから、御用を頂きまして、それからその真名子さんに連れられましてから荒江に参りまして、はじめ参りましたあらえと言う所に参りました。このかたが大体女床屋さん、現在ではご主人がついておられてまあ楽なご身分の方です。まあ荒江って福岡の田舎の方ですが、こちらにきっちっとした住宅を建てまして、そこで一生懸命信心の稽古をなさっておられる。
福岡の町で床屋をしておられる時分に、御神縁を頂かれた。そして荒江の( ? )、理由がありましょう。ですからある時その、福岡にお参りされて、もう市内におる時には信心友達がたくさんあって、そういうやっぱり話し合いをして、信心の共励をしたり、お参りをしたんですけれども、ああいう田舎に参りましてはもう信心友達が全然ない。本当に寂しいという事を話されたら吉木先生がおっしゃった。自分の周囲に信心友達たくさんあんた作りゃあいいじゃないか。本当そうだったと思うてから、それからその、お導きに関わられた。まず角内から。私が参りました頃も、私がもうそれから( ? )になりましたが、やっぱり少なくとも三十名ぐらい夜の御祈念に集まってみえた。もうそこのお座敷から納戸から一杯です。今日は三井教会の大坪さんがみえておるからという風に触れを回されたんで、もうどんどん集まってくる。そして確かに、自分のひとりの信心からなるほど信心の連れを作られたわけです。そしてその人が、やはり御取次をなさいますので非常に助かるんです。特に、そこで助かったのは、胸の病気が非常に助かった。
これはまた余談ですけれども、その後においてもやっぱり、私が椛目に参りましてもお付き合いさせて頂いておりましたが、上滝さんが椛目で修行しておる時分です。だからその真名子さんに私もお願いした。胸の病気ですから。そのお祈り添えもあってあのようにおかげを受けたわけでございます。お参りをしてくる、当時椛目にそのお参りしてくる中に、大祭にもいっつもその( ? )がある。( ? )ですよね。御祈念前に裸にさせて、そして御神米を付け替えられる、包帯をずーっとたくさん胸に巻いておられる。その包帯を巻かれる度にお神酒をプーっと吹いてはまた巻かれる。お神酒を吹いては、もうそれこそ酔うようにお神酒の臭いをプンプンさせるようにお神酒を胸部にまいておられる。重体の、いわばお参りができない、病院なんかに入院しておられる、その、真名子さんの御取次を頂いておる人が言うておりましたが、とにかく真名子さんがですね、その病院の方へ向かって生神金光大神天地金乃神、○○という氏子がただ今 お神酒をとらせて頂きますというて御祈念をされてですね、お神酒をそちらの方からプーっと噴かれると、患者が寝台の上でお神酒の臭いがプンプンしたと言われるくらいにお徳を受けた方です。もうおばあさんの事ですからお話はできません。ただ自分がおかげを受けられた一つ話を繰り返しなされておられた。ですからまあ私共がね、お話を、自分の体験をお話するというような、その、ものが少ないですから、お話にもういうならば飢えておる(感じだった?)、何十名の信者さんが。ですから私が、その時分の修行時代に体験させてもらう話をみんなにさせてもらうともう非常に喜ばれる。そういうような事からまあちょいちょいそこへお話、まあ一週間にいっぺんぐらい参りましたでしょうか。そうするともう十二時までも一時までもお話を致しますとみんなが帰る。帰ると今度は真名子さんと二人、ご主人はもう早く休まれる。真名子さんと二人でまあ一生懸命そのお話をさせて頂いた。もう尽きるという事がない。そうしてまた最後に御祈念をさせてもらうともう非常にその、何ですかね、その、お家が床屋さんですから私がこう無精ひげをこう生やしておりますと、明くる朝、もうとにかく朝起きてすぐ帰す、もう帰されんですね。もうどんなにしてもやっぱご主人の食事を頂く、頂かなければ帰られん。もう次から次にその信者が参ってくる。またまだ私が朝居ごるという事が分かっておりますから、三々五々やっぱり下がってみえます。そういう風な合間に、まあひげをいつも一から剃って下さった。私はその時にですね、なるほどと思うたんですよ。えーっと布団、こう、敷布団を敷かれるわけです。座敷の中にこう斜めにこう敷かれるんです。そして、えーっとこちらへ敷くとちょうど奥城の方へ足が向くようになるわけですね。こちらへ敷くと御本部の方へ足が向きます。こちらの方へ敷くとあなたの教会の方へ、その、足が向きますから、その、どちら辺でもご無礼にならんように足が向けんでよかごというようなふうに床をとられるわけですね。そしてひげを剃ってもらう、ひげを剃りながらも話される。もうそこへ参りますともう徹底したものでしたですね。ある時はちょうどあの、大掃除の時でありました。その大掃除があっておりましたから手伝わせてもろうた。お年寄り二人ですから ね。それでまあ大変喜ばれたんですけれども、お雑巾のバケツの水を私は表へこう撒こうとしたんです。大坪さん、なんかもう・・?の声を出してその言われるんです。びっくりして私は何ですかちゅうたら、はあその、その水を表に撒かれちゃいけません。夏の事でございますから撒きますよね。お掃除のバケツの水をよく道のこうやって撒きます。もう神様の顔にこんな雑巾の汚い水を撒くようなもんですよ。どうぞ下水に持ってって捨ててくださいと言われように徹底してあった。とりわけ真名子さんは、ご地内をみだりに汚すなよというこの御教えに徹しておられたんですね。それもその、ご地内をきれいに清掃されたという事がおかげを受けられたきっかけだったからでもございます。福岡に、市内に居られる時にものすごい蓄膿症であった。それで人に導かれてお参りをされて、初めて天地の御恩徳という事を頂かれた。いわゆる大地をみだりに汚すなよという御教えである。お参りがただでけても、荒戸の教会から電車通りに出るまでにちょっと中に、荒戸の教会にはこう十字路がある。その十字路のところまで来られるとですね、その、子供が大便を沢山こうひっちらかして道を汚しておるのを見られた。はあ本当に今お話を聞いたばっかり、今までの私ならもう何でもない、何で汚うしとるじゃろうかというて通るだけじゃろうけれども、本当に今大地の御恩徳聞かせて頂いたばっかり、何にも知らん氏子が御地内を汚しておる。神様すみませんと神様の顔をいわば拭わせて頂くごたる気持ちでその、また取って返されて、ほうきと紙を教会からもらわれましてですね、バケツに水を汲んできてきれいに拭かせてもろうて便所に捨てられた。そして後清めさせて頂いてお詫びをされて、バケツを返しに行かれた時にはもう鼻がすーすーするごとなっておった。その蓄膿症、それっきりおかげ頂いておられる。というようにまあおかげを受けた方ですから、とりわけご地内をみだりに汚すなよという御教えに徹底しておられましたですね。本当にその事にそういう逸話がいくらもございます。何も分からない、いわば無学に近いおばあさんのところに人が三十名も集まる。何人も集まって一緒に御祈念を。
やはりある私のお話に参りました夜でした。もう一時も二時もありましたでしょう、皆さん帰った後に二人で御祈念をさせて頂いておりましたら、久しぶりに大坪さん、御神眼を頂きました。私もまだ御神眼を頂かない時代です。あなたの事を一生懸命神様にお願いをさせてもらいました。もう、大坪さん、あなたこそ立派な日本一の先生になられるですよ。だからその事を神様に一生懸命お願いします。どうぞ大坪総一郎という氏子の上に本当に教師、取次者として日本一の取次者にお引き立て下さいというて私はあなたの事をお願いしよるというて、その言われるんです。その事をあなたの事を繰り返し繰り返しお願いさせて頂きよりましたら、目の前に現れたのがバケツであった。しかもバケツの中にですね、二匹の蟹がワサワサワサワサとおった。大きい、やや小さい二匹の蟹が。外へ出ようとするわけなんです。ところがバケツの中ですからなかなか出られない。ところがその、ずっとそれを拝ませて頂いておると、小さい方の蟹を下敷きにしたようにしてこう縦になった、蟹が。そして先の爪をですね、バケツの渕にかけたと思うたらもうそれこそ渾身の力でしょうね、グイーっとこう引き上げに引き上げてですね、バケツの渕からこうやって上がって、そして下に敷いておった蟹をまた足に引っかけてからとうとう二匹の蟹を外へコトンと押すところを頂き、もう本当大坪さんあなたおかげ頂きなさいますばい、だからここをもう一頑張りなさらにゃいけませんよというて励ましてくださったけれども、本当に私のそのそういう修行の、この修行を、いよいよ困難な修行をさせて頂いたという時でしたからね、大変な力でございましたですね。そしてもう一頑張りもう一頑張りという信心でした。小さい方の蟹は家内でしょう。大きい方の蟹は私でしょう。ですからお互いがそのバケツの中でそのグルグルグルグル同じ程度の信心で回っとるだけの信心じゃ絶対上がられない。そこに渾身の力を入れて上に上がる時に、たとえ、いよいよ自由な天地が開けてくる。本当に真名子さんが言われる通りにだんだんこのようにおかげを受けた。
ある時には、また真名子さんがあなたの事をお願いさせてもらいよったらこんな御神眼を頂いたと。お風呂を( ? )。そのお風呂の中へ入っておる人が、もう風呂の中で合掌して、はあ、この風呂は極楽極楽というてその、入っておる。ところがあなたがその風呂に汲みなされたらですね、タイヤの切れたごたっとやら、昔はごみが多かったですね、あのゴム草履の帯の切れたごたっとをくべよんなさる。これに入っておどんどんくべよんなさる。これに入っておる人は本当に極楽極楽と言われるけれども、その周囲の人は臭いというてその、ゴムのたく臭いにですね、もう迷惑しておるといったような感じの御神眼でした。その時分に私は思いよった。はあ、本当にこれが現在の私の信心じゃろうとこう思うておった。私の、私の(家?)では、私の話を喜んで聞かれるという方達はもう本当に有難い有難いと聞かれたけれども、それをいわば変な見方で見る人がある。いわゆる信心の思いが強すぎた。それこそゴムを燃やすような悪臭が周囲にプンプンした事であろう。ただお風呂の中に入っておる人だけは極楽であろうけれど、周囲の人が迷惑しておるといったような時代も私はあったですね、熱心なあまり、一生懸命のあまり、そういう時代もあった。そういう、けれども、お知らせを頂いて もらうと、そういうところに非常に注意する。せっかく一人が助かったら一人がおかげを落とすといったような事じゃつまらんというのでどこが私のそういう悪臭を放つところがあるかという事を本気で改まらさせてもらうというような信心の進め方をさせて頂いたもんでございます。
私が福岡の、におります時分に大変いろいろお世話になった方達のところを、今、ああして、新聞にデンキが載っております。載ってきよりますから、その頃福岡時代に入ってきた。それでもう真名子さんとか三立キュウシロウさんとか、松枝さんとか、いわゆるその後藤とかいう先生あたりが、まあこれから登場されるわけなんですね、伝記の中に。ですから高橋さんがそこに念をかけられたんですね。三立キュウシロウさんなんかはもう亡くなっておられる。その真名子さんのところにも電話を掛けたけれどもというて、たまたま高橋さんがみえてその真名子さんの話をさせて頂いておりましたら、非常に感激されるんですね、高橋さんが。お道の信心というのは、本当にその、例えば真名子さんがご地内をみだりに汚すなよというただその御教え一つにすがるようにしてその事を徹底される。いかれる内にです、自分が助かられるだけではなくて、人が助かっていく。そういうおかげを受けられる。私もそういう福岡時代にそうした力を付けて下さった方、それこそ裏になり表になっていろいろ私の修行を援助して下さった方。私が参りますといつもその、真名子さんの事についての話がいろいろ尽きませんですね。電車の回数券ですね、あの時分に十銭か十五銭かあったでしょうね、それで一冊下さった。こっちからみえる時には歩いておいでずに電車で来て下さいとこういうわけなんです。どうも私はいつも歩いてでした。それでもうお賽銭の無か時にはその回数券が私はお賽銭でした。帰る時には一枚ずつ切ってからですね、お賽銭する。だから福岡のお賽銭箱には回数券が入っておった事だと思いますね。
真心も本当篤い人であった。そして教えに本気で取り組む人であった。私は思うのに、本当にあの、教祖の神様が教えて下さる、理屈ではない、一言にでも本気で取り組ませてもろうて、その事が自分のものになってしまうまで取り組ませてもらう。同時に、いよいよ真心の限りを私は尽くさねばならん、真心の追求である。そこから徳を受けられる。お話が上手とか、たくさんの教えを知っておるというだけではおかげには繋がらない事がわかります。
昨日から今朝の御祈念にかけてしきりにその真名子さんの事を頂くんですよ。ですからもう昔の私の信心の、まだ椛目時代の前のお話でございますけれども、真名子さんのお話を聞いてもらったんですけど、まだ真名子さんの話をするなら本当に有難いお話がたくさんあります。けれども、ただ今お話をいたしました中からです、金光様の御信心というものはどういうようなものか、だいたい検討がおつきになると思うんです。一つ本気で真心を追求していく。本気で御教えに徹底してそれが自分のものになるおかげ、あれやらこれやら分からんでもいい、ひところでもいい、それを本当に自分のものに、自分の血に肉になる、そこからお徳が受けられるという事が感じられます。どうぞお徳を受けなきゃいけません。そして自分の周囲に、自分だけではない、人の助からなければなりません。もうそれこそくしびなるご縁とでも申しましょうかね、福岡の御神前で初めて出会った。そしてお互いが話し合って、もう年寄り、年でもない、性別でもない、同じ信心の話に結ばれてお互い信心の道を祈らせて頂いておる時代のお話なんです。